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同窓会誌 [本・雑誌]

グラフィックデザイナーの「長友 啓典」氏がこの3月に亡くなられています。先日送られてきた高校同窓会誌の表紙は、その先輩長友 啓典氏が【母校創立100周年記念ポスター】としてデザインされた絵が表紙になっていました。鳥よりも犬猫の方が観察しやすいし猫よりも犬の方が人間くさくて面白いと言われていたようですが、この絵はいつもの犬ではなく穏やかな鳥が描かれていて『丘をつくる百年』と氏の字も書かれています。著作権のこともありここに掲載できないのが残念です。Creator Gallery に追悼やイラストが掲載されています。
この作品は1967年 日宣美賞受賞の「ジャンセン」です。
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因みに我が母校は1996年に100周年を迎えています。

そして長友氏の絵のこともありますが、今回もう1つとても興味深い寄稿がありました。
『70年前の受験票』という記事で終戦翌年昭和21年に受験された方のものです。

jyukenn.jpg

70年前の受験票が出て来たというのも凄いことですが、それも受験番号が1番ということだったのです。この時期に旧制中学校から新制高等学校への移行があり男女共学になっています。

そしてまだまだ驚くべきことがあって、
受験は口頭で質問があり、
①、公徳心とはどういうことですか。どう思いますか。(他人の事を考える余裕がなかった戦後の混乱期です:ご本人の注釈です)
②、塩の生産地はどこですか。製塩法について答えてください。
あと体力テストがあって校舎屋上を走り、小学校からの内申書で合否が決められたようです。

とありました。
終戦の混乱期でこの様な受験であったのかと思われますが、この質問を見て思いました。
最近の公立高校入試がどんな風に変遷しているか詳しく知る立場にいるわけではないのですが、今の受験もこのような口頭で、シンプルでありながらその時代の社会情勢を鑑みた難しい”問い”を孕んだ 受験問題があってもいいのかなぁ~と思ったりしました。

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数学する身体ー森田真生ー [本・雑誌]

森田真生さんの『数学する身体』という本を読み始めています。未だ完全に読み切れていませんが、私が長年疑問に思っていたことが、この本の数ページ読んだところで、納得できたことがあったのです。

このグラフです。
chokkaku_sokyokusen1.png


このグラフは
『反比例の関係を表すxy=k(k≠0)のような関係をx軸y軸平面に描くと、図のような直角双曲線となる。kの値によって違う線となるが、いずれもx=0(y軸)とy=0(x軸)に限りなく近付く形となる。この限りなく近付かれる線を漸近線と呼び、二本の漸近線が直交している双曲線を特に直角双曲線。』
というとあります。

そううなんです。x=0(y軸)とy=0(x軸)に限りなく近付く形となる
この青字のところが、私の想像を宇宙へと追いやっていたのです(;´∀`)。

高校1年生の数学の時間です、この直角双曲線のグラフが出てきて、その数学の先生は『直角双曲線はX軸y軸には永遠に交わらない、永遠に!。』と強く言い放ちました。で私は「そうかぁ~、、、永遠に交わらないんや、、、えいえんになぁ・・・」と。。それはとても不思議で実際にx軸y軸を眺めているとx軸y軸にすれすれになって来るし(;´∀`)、いつかはいつかわ交わるんとちがうん?・・でも・・そうや・・宇宙は無限やから無限の彼方へ行ってしまうんや。。。とぼんやりした生徒はぼんやりぃと~(*´Д`)~ その後の授業は何も聞こえず宇宙の彼方へ想いを馳せていました。ところが昨今宇宙は有限であるらしいということも言われていて、またそこで私は「ぁあーーじゃー交わるんじゃないん!?」と、このところ益々ぼんやりと幼く退化していく頭で思い始めていました。

でも今は上の説明文に(k≠0)とされているし、宇宙の範囲を定義すると、その外側が必ず出来てしまい、今の我々には宇宙空間を有限と特定できないのではないか?と思えるようになってきました。その境界線を乗り越える時に、宇宙人たる我々は大きな大きな進化があるのだろうと!。果たしてそれがこの今の人間かどうかは判らないし、この地球上の陸と海の境界線でさえ太古のikimono達が肺呼吸と鰓呼吸の間で数百万年 ”ためらい”を刻んで上陸したのですから。。。それよりも以前に魚類は淡水から海水に生活の場を移すのに2億年もの時の流れがあったと言われています。。

まぁ取り敢えず『直角双曲線はX軸y軸には永遠に交わらない、永遠に。』これは真理だと思っていたのですが、いやいやそれは単に数学上の道具としてのものだったのだと判ったのです。今頃!!でもそこになんだかロマンがあったような☆彡☆彡

で、この『数学する身体』のごくはじめに、数学は道具であり、人間が数千年数万年かけて、進化と共に道具として考えだしたものだということ、インド数学・アラビア数学・ギリシャ数学等の歴史を経て今我々が簡単に2桁3桁の掛け算等ができるようになったということ。
自然数・素数等、数の不思議のことも、牽いてはコンピューター人工知能のことにも及んで、そこに心を求めることはできるのかという新たな哲学に通じる問題がありました。

で、、基本数学は道具であること、そこからの追及が、イギリスの数学者コンピューターの基礎を、そしてドイツナチの暗号 ”エグニマ” を読み解いて多くの命を救ったアラン・チューリングと孤高の数学者、芭蕉や画家坂本繁二郎に影響を受け "ハルトークスの逆問題" という大問題を解決した 岡潔、二人の数学者が追い求めた究極のモノ、その違いに森田さんは達したのだと思います。

アラン・チューリングは数学の真実を玉ねぎの皮をその芯に向かって一枚一枚剥ぎ取りながら、そこに、真実が心が追い求めるものがあると、一方岡潔は数学を玉ねぎの皮ではなく種へと、それを育てることで、自分の身体を離れたところにある真実を心を求めて行ったのです。心は自分の頭にあるのではなく身体を離れたところにあると。

今、自分がやっていることの中に解からないのに強く引きつけられる何かがある時、あれば、それは何だろうと一枚一枚皮を剥ぎ取るのではなく、そこに種があり、それを育てていくことこそがモノを作っていくということじゃないのかなと、この本からの岡潔の考えにそうだと思えました。数学をする、モノを創る、絵を描くということも【自分で理解できることではない】その種を、育てていくことにあるのだとこの『数学する身体』を読んで、他の動物にはない人間として ”わからないもの” を想像することの大切さを、その想いをより強くしました。。。

まだ他にこの本の中から感じたことがあるのですが、まだ充分読み切れてなくて文中曖昧な部分もありますし追加しながらまた修正していきます(;´∀`)。


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「セバスチャン・サルガド」写真集 [本・雑誌]

偉大な写真家「セバスチャン・サルガド氏」の写真集「Genesis」と「Sahel」を手にしました。
「Genesis」はこの地球を遺そうという意志のもとに撮られた壮大なドラマを写しだした自然への畏敬と美との素晴らしい芸術作品写真集です。今私の手元にあって作者への敬意と尊厳に打ちひしがれています。
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「Sahel」はサハラ砂漠周縁の乾燥地帯で、そこにに暮らす人々の飢餓の現状を 撮えた作品集です。
これは今友人が持っていて、「鍋をかぶって子供連れで逃げる女性の写真と、ビデオを作ったディレクターが最初に衝撃を受けた盲目の女性の写真も入っていて、大きさは小さいですが手元にあって嬉しいです」と言っています。私はまだ観ていませんが人間に照準をあわせていて、一瞬の安らぎをも感じることができない状況のもとに置かれた人々を撮らえ、悲惨でありながらも、画面はどこか美しいのではないかと思っています。
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セバスチャン・サルガド氏のメッセージをご覧ください。






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裸の王様 [本・雑誌]

先週、開高健さんの文学碑が近鉄南大阪線北田辺駅に完成した。
そこは、彼が若き日過ごしたところで、駅からほんの少し東へ行ったところに
『開高 健』と表札が掲げられた家がある。

私も若き日そのほとんどの毎日を、その表札を横目でみながら駅へと向かった。

子どもの頃から、あそこは『開高 健』という、えらい作家の家なんだ、
と人々が口にするのを聞いていた。
芥川賞をそしてその他いろんな文学賞を受賞した作家が、嘗て住んでいた家であること、
そしてその頃通っていた学校の先輩である事も承知していた。ゆかりの人なのである。
その家の前を通るたびに、私は太く大きく、しっかりと書かれた表札に圧倒され、
そして、出入りする人を一度も見たことのない人気のない家に一抹の不安のようなものを感じ、
芥川賞を受賞したいろんな作家を興味を持って読んでいたにもかかわらず、
私は彼の作品の数々を紐解けないでいた。

除幕式があり、文学碑が完成したというニュースを聞き、
家のイメージだけが私を捉え、多分その表札の呪文から開放されずにいた何十年。
彼の芥川賞受賞作『裸の王様』をやっと読むことができた。


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